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本ページは、M&Aの代金(株式譲渡代金及び事業譲渡代金)の回収に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページをご覧ください。
▶ M&A(会社売却)代金の回収|株式譲渡代金・事業譲渡代金が支払われない場合
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創業以来30年にわたり経営してきた会社の全株式を、同業の会社へ2億円で譲り渡しました。決済の日に7,000万円を受領し、残額は3年間にわたり6回の分割で支払うという内容です。株主名簿の名義書換えは決済の日に済ませ、代表取締役も交代しました。ところが、3回目の支払期日を過ぎても入金がなく、問い合わせると、想定していた収益が上がっていないので支払を待ってほしいという回答が返ってきます。このようなご相談を数多くお受けします。
分割払とされる背景には、買主の資金調達の事情があります。金融機関からの借入れだけでは総額を賄えず、対象会社が生み出す収益によって残額を支払うという設計が採られます。売主の側も、交渉を成立させるために応じます。しかし、この設計では、売主は代金の大半を、対象会社の将来の業績に賭けることになります。
結論から申し上げます。株式の譲渡が完了している以上、売主に残っているのは代金債権のみですので、回収の可否は契約書に期限の利益の喪失、担保及び保証の定めが置かれているかどうかで決まります。民法第541条は、相当の期間を定めた催告の後に履行がないときの解除を定めていますが、解除は必ずしも売主に有利な結果をもたらしません。以下、順にご説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
代金が支払われない理由によって採るべき手段が変わりますので、次のとおり切り分けます。
- 株式譲渡代金が分割払とされ、途中から支払が止まった場面……本記事
- 買主の資金繰りそのものが悪化し、倒産が近づいている場面……取引先の資金繰りが悪化した兆候をつかんだ債権者が採る手当て
- 買主が支払を免れるために財産を他へ移した場面……債務者が財産を他へ移した場合の詐害行為取消権の行使
- M&Aの代金が支払われない場合の対応の全体……M&A(会社売却)代金の回収|株式譲渡代金・事業譲渡代金が支払われない場合
譲渡は済んでいるのに、代金だけが残っているという場面
この場面の特徴は、売主が既に交渉上の力を失っている点にあります。会社法第127条は、株主がその有する株式を譲渡することができると定めています。会社法第130条第1項は、株式の譲渡はその株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ株式会社その他の第三者に対抗することができないと定めています。名義書換えが済んでいれば、買主は対外的にも株主です。
会社法第128条第1項は、株券発行会社の株式の譲渡は当該株式に係る株券を交付しなければその効力を生じないと定めていますので、株券発行会社では交付の有無が効力に関わります。株券を交付せずに決済を終えている事例もありますので、定款と登記事項証明書で確認してください。
譲渡が完了している以上、売主が有するのは代金債権のみです。対象会社の経営に関与する立場はなく、資金の流れも見えません。支払が止まった段階では、既に対象会社の預金が買主へ吸い上げられていることもあります。着手の遅れが、そのまま回収額の減少に直結します。
契約書のどの条項を最初に見るのか
株式譲渡契約書を開き、次の順序で条項を確認してください。第一に、代金の額と支払の期日を定める条項です。各回の金額、期日、振込先、遅延損害金の利率を書き出します。利率の定めがなければ、法定利率によることになります。
第二に、期限の利益の喪失に関する条項です。1回でも支払を怠ったときは残額の全部について当然に期限の利益を失うのか、催告を要するのかによって、請求できる金額が変わります。当然喪失であれば、残額を直ちに請求できます。
第三に、担保及び保証に関する条項です。代表者の連帯保証、譲渡した株式に対する質権の設定、買主の他の資産への担保の設定が定められているかを確認します。第四に、対価の調整、補償及び相殺に関する条項です。買主はこれらを根拠として支払を拒む主張を組み立てますので、その要件と期間の定めを先に把握します。第五に、解除に関する条項と、解除した場合の株式の取扱いに関する条項です。
期限の利益の喪失の定めがない場合の扱い
契約書に期限の利益の喪失の定めが置かれていない場合、原則として、期日が到来した回の分しか請求できません。3回目が未払であれば、その1回分のみが請求の対象となり、4回目以降は各期日の到来を待つことになります。
この場合に手掛かりとなるのが、民法第137条です。同条は、債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき、及び債務者が担保を供する義務を負う場合においてこれを供しないときには、債務者が期限の利益を主張することができないと定めています。契約書上、買主が担保を差し入れる義務を負っているにもかかわらず差し入れていない場合には、この第3号によって残額の全部を請求する構成が可能です。
定めがない場合の進め方は二つです。一つは、未払の回について訴えを提起し、以後の各回についても順次請求する方法です。もう一つは、支払を猶予する代わりに、残額について期限の利益の喪失の定めと担保を追加する合意書を締結する方法です。後者では、交渉材料として、既に発生している遅延損害金の免除を用いることができます。
対価の調整又は補償の主張への反論
支払が止まると、買主はほぼ必ず対象会社に関する問題を持ち出します。典型は、簿外の債務が判明した、想定した売上が実現していない、主要な従業員が退職した、許認可に不備があったというものです。これらは、対価の調整条項又は補償条項に結び付けられます。
反論の第一は、期間と手続の確認です。補償条項には、請求ができる期間と、請求の際に必要な通知の方法が定められています。期間を経過した後の主張、又は所定の通知を欠く主張は、その点だけで排斥することができます。
反論の第二は、対象の確認です。表明及び保証の対象とされていない事項について、買主が損失を主張することはできません。また、買収前の調査において開示されていた事項については、開示によって補償の対象から除かれる旨の定めが置かれていることが通例です。開示資料の一覧と、資料室に登録した記録を保存しておいてください。反論の第三は、相殺の可否です。契約書に相殺を禁ずる定めがある場合、買主は補償請求権をもって代金債務と相殺することができません。定めがない場合であっても、補償請求権の額が確定していなければ、相殺の主張は成り立ちません。
株式を取り戻すことができる場合とできない場合
売主から最も多く寄せられるのが、代金が支払われないのだから株式を返してほしいという要望です。法的には、契約を解除し、原状回復として株式の返還を求めることになります。民法第540条第1項は、契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は相手方に対する意思表示によってすると定めています。民法第541条は、当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は契約の解除をすることができると定めています。
解除をした場合の効果は、民法第545条第1項に定められています。同項は、当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者はその相手方を原状に復させる義務を負うとし、ただし書は、第三者の権利を害することはできないとしています。すなわち、買主が既に株式を第三者へ譲り渡し、又は株式に質権を設定している場合には、その第三者に対して返還を求めることができません。同条第4項は、解除権の行使が損害賠償の請求を妨げないと定めています。
取り戻すことができたとしても、実益があるとは限りません。解除により、売主は既に受領した代金を返還しなければならず、戻ってくるのは、買主の下で数年を経た後の会社です。借入れが増え、人員が減り、取引先が離れている場合、返還する代金の額に見合いません。解除は、対象会社の価値が維持されており、かつ受領済みの代金を返還できる場合に限って選択します。名義を戻す際には、会社法第133条第1項に基づき、株式取得者が会社に対して株主名簿記載事項の記載を請求する必要があり、同条第2項により、原則として名簿上の株主と共同して行うこととされています。
買主の代表者の保証及び担保の有無
買主が法人である場合、回収の実効性はその法人の資産に依存します。買収のために設立された持株会社が買主であるときは、その資産は対象会社の株式だけであり、他に引き当てとなる財産がありません。
この構造に備える定めが、代表者個人の連帯保証です。保証契約は書面によらなければ効力を生じませんので、署名欄に代表者が個人としても署名しているか、別紙の保証書があるかを確認してください。会社の代表者としての署名しかない場合、個人としての保証は成立していません。
担保としては、譲渡した株式そのものに質権を設定する方法が用いられます。代金の全額が支払われるまで対象会社の株式を売主が押さえておく構成であり、買主にとっても受け入れやすいものです。契約書に質権の設定が定められているにもかかわらず、実際の手続が行われていない事例が少なくありませんので、設定の有無を書面と名簿の双方で確認してください。
支払が止まった後に採る手続の順序
第一に、催告です。未払の回、金額、遅延損害金、支払の期限を明記した書面を送付します。期限の利益の喪失の定めが催告を要する形式である場合には、この書面が要件を満たす必要があります。
第二に、資産の調査です。買主の商業登記事項証明書、買主が所有する不動産の登記事項証明書、対象会社の登記事項証明書を取得し、直近の担保の設定と役員の変更を確認します。株式に質権が設定されている場合には、その実行の可否を検討します。
第三に、交渉です。買主に支払の意思があり、資金の目途がある場合には、残額について期限の利益の喪失の定め、代表者の連帯保証、担保を追加した合意書を締結します。この合意書は、後に訴訟となった場合の証拠としても機能します。公正証書とし、強制執行に服する旨の文言を入れておけば、判決を得ずに執行へ進むことができます。
第四に、訴訟です。民法第415条第1項は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができると定めています。代金債権の請求と併せて、遅延損害金を請求します。なお、株式譲渡契約が民法第555条にいう売買に当たることは、請求の法的な根拠を示すうえでの出発点となります。
なぜ分割払とした時点で担保の設計が必要だったのか
分割払は、買主に対して信用を供与する行為です。金融機関が同じ金額を貸し付ける場合には必ず担保又は保証を求めます。担保も保証も取らずに残額を分割払とすることは、無担保で融資を行うことと同じです。
加えて、株式譲渡では、売主の側に引き当てとなる財産が何も残りません。商品の売買であれば所有権を留保することができ、不動産の売買であれば抵当権を設定することができます。株式の譲渡では、名義を移した時点で、売主の手元には何も残りません。だからこそ、質権の設定又は代表者の連帯保証が必要でした。
これから譲渡を予定される会社様へ申し上げます。分割払とする場合には、第一に、1回でも遅滞したときは当然に期限の利益を失う旨の定めを置くこと、第二に、譲渡した株式に質権を設定すること、第三に、買主の代表者から個人としての連帯保証を得ること、第四に、契約書を執行受諾文言付きの公正証書とすることの4点を、譲渡の条件としてください。この4点が揃っていれば、支払が止まった時点で直ちに動くことができます。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、契約書の条項の点検と請求できる金額の確定、催告書の作成と送付、資産の調査、補償又は対価の調整の主張に対する反論の作成、猶予に応ずる場合の合意書及び公正証書の作成、質権の実行の可否の判断、そして訴訟の提起です。解除を選ぶかどうかも、返還すべき代金の額と対象会社の現在の価値を対照して助言します。
依頼の時期は、1回目の遅滞が生じた時点です。この段階であれば、買主にまだ資産が残っており、担保及び保証を追加する合意を取り付ける余地があります。2回、3回と見送るうちに、対象会社の資産は買主の借入れの担保に供され、回収の原資は失われます。
いま確認していただきたいこと
株式譲渡契約書と、その別紙及び覚書を全て集めてください。そのうえで、期限の利益の喪失、遅延損害金の利率、担保、代表者の連帯保証、補償の請求期間、相殺の禁止、解除、合意管轄の8項目について、定めの有無と内容を一覧にしてください。定めがない項目は、直ちに補充を求めるべき項目です。
次に、これまでの入金の記録を、期日、請求額、入金額、入金日の順に並べてください。遅延損害金の計算の基礎となります。買主から届いた連絡も時系列で保存してください。支払を待ってほしいという文面は、債務の承認を示す資料となります。
最後に、対象会社と買主それぞれの商業登記事項証明書を取得し、役員の変更、本店の移転、目的の変更、資本金の変動を確認してください。対象会社の不動産に新たな担保が設定されていれば、買収資金の返済に対象会社の資産が用いられている可能性があります。
よくあるご質問
1回の遅れで残額の全部を請求できますか
契約書に、1回でも支払を怠ったときは当然に期限の利益を失う旨の定めがあれば請求できます。定めがない場合には、期日が到来した回の分に限られます。ただし、買主が担保を供する義務を負いながらこれを供していないときは、法律上の期限の利益の喪失を主張する余地があります。
解除して株式を取り戻すのが得策ですか
受領済みの代金を返還する義務を負いますので、対象会社の現在の価値と返還額を比較して判断します。買主が株式を第三者に譲り渡し、又は質入れしている場合には、その第三者の権利を害することはできません。
簿外債務があったと言って支払を拒まれています
補償条項の請求期間と通知の方法を確認してください。期間を経過し、又は所定の通知を欠く主張は排斥できます。買収前の調査で開示していた事項であれば、補償の対象から除かれている場合もあります。
買主の代表者に請求できますか
個人として連帯保証をしている場合に限られます。会社の代表者としての署名しかない契約書では、個人に対する請求はできません。保証契約は書面によらなければ効力を生じない点に注意してください。
対象会社に直接請求することはできますか
できません。代金の債務者は買主であり、対象会社は契約の当事者ではありません。ただし、対象会社の資産が買主へ不当に移されている場合には、その移転自体を問題とする構成が考えられます。
おわりに
分割払の株式譲渡代金は、担保のない信用の供与です。契約書の条項を点検して請求できる金額を確定し、資産の調査によって回収の原資を把握し、猶予に応ずる場合には必ず担保と保証を追加すること。この三つを1回目の遅滞の段階で行えば、残額を確保することができます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
株式譲渡代金の分割払と未払に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 民法第137条(期限の利益の喪失)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第540条第1項(解除権の行使)、第541条(催告による解除)、第545条第1項(解除の効果)、第555条(売買)
- 会社法第127条(株式の譲渡)、第128条第1項(株券発行会社の株式の譲渡)、第130条第1項(株式の譲渡の対抗要件)、第133条第1項(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録)
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